だいあろぐ
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1997/03/12 (Wed) [長年日記]
§1 いじめのこと
我ながら、ずいぶんと重たいテーマだよね。まあ、言い出した以上は書くけどさ。
俺も御多分に漏れず、学生時代にいじめを経験した。俺の場合は、加害者側ではなく、被害者側。今の俺からは想像もつかないかもしれないけれど。今となってはあまり思い出したくもない経験だけれど、けっこう問題にもなってるし、いい機会だから書いてみよう。
あれは俺が中学 3 年になった春。もはや理由は覚えてない。多分当時の同級生(会いたくも無いけど)に聞いてもほとんどの奴は知らないだろう。そう。いじめの始まるきっかけは些細なことなのだ。多分、理由の一つには、俺がガリ勉野郎だったせいもあるだろう。とは言っても、そんなに勉強していた記憶はないが。ただ、人より成績は良かったと思う。
俺の場合はシカト。俗に言う、無視するって奴だ。まあ、俺の場合は、クラス全部からってわけではなかったけれど、40 人からの生徒がいて、話をした記憶があるのが両手で数え切れてしまうから、7 割ほどの人間からやられていた、という結果になる。残りの 3 割も、味方というよりは、中立と言った方が正しい。男女含めて、この 3 割はクラス替えで、一緒に元のクラスから来た仲間たちだったのだ。彼らは前のクラスで 1 年間一緒に暮らした仲だったので、冷たくすることはなかった。けれど、俺と仲良くすると自分に被害が来るので、進んで話し掛けてくることもなかった。俺も、それは理解していたから、あまり気にしていなかった。
教室から出て、部活へ行ったりすれば、話する仲間がいただけ、まだマシだったかもしれない。前述の仲間たちも、クラスの外では仲が良かったのだ。
そういえば、首謀者は 1 年の時、同じクラスの奴だったな(ちなみに女)。彼女とは仲が悪かった記憶がある。1 年の時にも半年くらいシカトされてたことがある。この時は、男がメインだった。女の子とは結構仲が良かったから、という理由だった。だから、シカトが終わったのも、俺と仲が良かった娘が、何か言ってくれたらしい。後から俺は、彼女に感謝した。
で、そのときのいじめグループにいた女が 3 年のときのリーダーだった。
俺は 3 年の間、クラスのほとんどの奴と会話を交わさなかった。だから、修学旅行なんて楽しい思い出なんか一つもないし、普通の高校に進学しようなんてまったく考えなかった。仲の良かった娘に「なんで○○高校を受けないの?」と尋ねられたのだが(その娘はそこを受けた)、俺は正直言って答えられなかった。俺のことを知ってる奴がいる学校には行きたくなかったのだ。
だから、俺は工業系の学校へ進学した。
中学 3 年間で楽しかったのは、中学 2 年の時だけ。3 年なんて、もう何も覚えてない。学校に来たって、部活に行くことだけが楽しみだった。引退してからは、ほんと出席しているだけだった。卒業式が終わっても、涙の一つも出なかった。せいせいしてた。
「あんた死んだら?」
そう言われたこともあった。でも、なんだか奴等の言いなりになるのが、いやだった。俺が人間でなくなる瞬間だったような気がした。
だから、奴等と別れられたとき、せいせいした。
進学してからは、努めて明るく振る舞うようにした。勉強もあまりやらなくなった。結果として、俺はダメ学生だったけど、いい友人にも巡り会えたし、あの学校でのクラスメイトは、たぶん一生付き合っていってくれると思う。
最後には、自分の気持ち。親は助けてくれないのだ。
死ねよ、と言われて死んでしまうのは簡単だけど、勇気があるなら頑張ってみる。普通は 3 年行けば、学校が変われる。その時に、自分のことを知らない人たちと、一皮向けた自分とで正面からぶつかり合ってみれば、何か変わるかもしれない。
それでもダメだったときは、その時は、あなたの気持ち次第だ。あなたの人生はあなたの物だ。誰にも迷惑をかけないなら、自分の手で人生を締めくくるのも悪くはない。後悔しないのならば。
