だいあろぐ
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1997/11/10 (Mon) [長年日記]
§1 人と付き合うこと
今日はちょっとダークな話。
俺が Maling List を立ちあげているのはどこかで書いた気がする。掲示板だったかな。その ML は、至極たわいもないもので、学生時代の同期で集まって、お茶の間団欒を楽しもう、というものだった。当初は。
そう。当初は。
どこかで歯車のネジがなくなってしまった。今ではお茶の間どころか、吹雪の中で互いの食糧を奪い合っているような状況である。理由は(俺に言わせれば)他愛もない、どこの ML でも起きているようなささいな言い合いから始まったのだ。この手の議論はどこでも起きることなので、放っておいた。お互いに納得するまで議論させ、結論を出せばいい。そう考えていたから。
結局一番被害妄想の激しかった人が辞めていった。これもよくあること。あえて引き止めはしなかった。元々自己完結型の人だったので、自分自身で納得して辞めたわけだから、それもいいだろう。俺が意見を言ったくらいで、自分の考えを変えるような人物でもないし。
偶然にせよ、故意にせよ、残った側がその人のホームページを発見した。そこには、残った側言うところの「自分たちの悪口」がただつらつらと並べてあった。もちろん、管理者である俺への悪口もある。まあ、これも仕方がないことだ。管理不行届きだ、と言われてしまえば反論する余地もない。問題だったのは、その書き方、文章の構成だ。
本人は「言葉の暴力によるいじめにあった」「 ML というシステムはよくできているから見つからない」「自分はまだ強く言えなかったから」「でもここで反論する」などなど。いじめがあったとは、俺自身は感づかなかったが(少なくとも辞めた人にも味方はきちんと存在した)、それにしても行き過ぎた発言である。管理していた側としては、謝罪と訂正を要求したい気分だ。
でもしない。本人がいじめにあったと感じたのなら、多分それはそうだったのだろうし、言葉の暴力にあったというのなら多分それも本当なのだろう。結局心の問題は、部外者では計り知れないのだ。
それでも俺の忠告がまったく聞いてもらえなかったことがショックだ。俺の意見などごみ以下の存在だったのかもしれない。その人にとってみれば、俺自身もいじめた側(介入しなかったから)なのだから。そして、その人は自分のホームページで、自分のやられたことをやり返した。「同窓生には見られたくないけど」と矛盾のある言葉を盾に、「言葉の暴力にあった」という意見を槍に、言葉の暴力を展開した。
俺は ML など作らなければ良かったのか? こんなものなどなければ、ここまでこじれなかったのか? まあ今更何を言っても後の祭りである。今更辞めても仕方がない。なるようになれだ。続けるさ。
ここまで書いてきてふと思ったのだが、これはまるで小学生の喧嘩である。子供の喧嘩。精神的に大人になっていない大人がやりうる喧嘩。やられたらやりかえす、影で相手の悪口を言う、など。
どちらにせよ、その人の意見で、残った側もまた深く傷ついた、というよりは憤った。そして俺に仲裁を求めてきた。そのメールが届いたのが今朝。だから、今日の日記がある。
結論から言おう。友達を辞めてしまうがいいさ。納得いかないのだから仕方がない。散々腹を割って話したにも関わらず、こういう結果に終わったのだ。再会したら間違いなく殴るし、下手すれば殺しかねない、とそのメールでは訴えていた。こういう状況では、もはや打開策が見つからない。お互いに永遠に交わることのないレールの上を歩いているのだ。
薄情な奴だと思われるかもしれない。だけど、少なくとも俺はそうやって自己を防衛してきた。何度となくいじめにあってきた心の弱い少年の、短い人生で学んだ処世術。いじめられるから、そいつらとは付き合わなくした。いじめられるから、そいつらが行けないような学校を選んだ。いじめられたくないから、明るく振る舞うようにした。いじめられたくないから、自分の趣味を隠すことをやめた。
一つそのいい例を挙げよう。俺の事を学生時代にさんざんいじめていた男が、半年ほど前にできちゃった結婚して、金に困っていた。奴は俺のところに電話をかけてきた。「みやけんくん、お金を貸してくれないかな?倍にして返すから」その後、奴は色々と理由を付けたり、俺と親しかった友人の名前を挙げ「彼らも貸してくれてるんだ。だから君も」などと平然とのたまった。俺は言った。「君が俺に学生時代に何をしたか忘れたわけではないだろうね」と。そして俺は電話を切った。
俺はそうして、今の友人たちと知り合い、今でも友好を深めていただいている。もはや回復不可能な絆なら、自ら断ち切ることも勇気だと知れ。
この意見で俺を軽蔑するのは構わない。でも、俺はこういう人間なのだ。根底には意気地のない、いじめられっ子の思考が根づいているのだ。それは変わることはないだろう。多分、一生……。
